君はこの世界に生まれた妖精なんです!
「赤司くんってなんであんなに妖精なんでしょう。」
 はぁ、と溜息をつきながら呟く黒子に鏡は目をまんまるくして見る。WC前に会った男は妖精とは程遠く、威嚇に刃物を持ち出すとんでもない人間だった。そのため火神にとって赤司と妖精は似ても似つかないイメージがあった。しかしそれを当たり前かのようにして黒子は話し続ける。
「多分彼は生まれる世界を間違ったんだと思うんです。バスケをしている姿は蝶のようですし汗をかいていても何だか甘い香りがするんで花のようなんですよ。多分同じ人間ではないですね。」
 確かに同じ人間とは思えないような行動を取るという意味では人間ではないと思うが、そんな赤司によりいつになくよく喋る黒子に火神は多少ひいていた。
「あんなに麗しくて強くて、多分彼は本来妖精の国に生まれるはずだった王子だったんですよ。それが何かの間違いでこの世界で生まれたんです。もし神様がいるとしたら練習しても体力がつかない身体を作ったことに恨んだりもしますが、赤司くんという存在を間違えてこの世界に生み出してくれたことに関してだけは本当に感謝しますよね。もうたまらない可愛いです。」
 黒子はこんなメルヘン?な考えを持つような人間出会っただろうか、否、そんなことはない。見た目に反して男前な性格であったはずだ。火神は犬を間近に連れてこられた時と同じような顔で黒子に怯えていた。
「ね、火神くんもそう思いますよね。」
「…、ああ」
 黒子のあまりの気迫にそう答えるしかない。存在が稀薄なくせに何気迫の目付きでこっち見てるんだよ、などと錯乱状態に陥りかけている。回りにいるクラスメイトも熱心に話す黒子に驚きつつよく分からない言語を耳にすると華麗にスルーしていく。
「ちゃんと聞いているんですか!人の話はちゃんと聞いてください。」
 耳を引っ張ってうつむいた顔を引っ張り上げられる。もう解放してくれ…。そう思わざるを得なかったがその後も数日に渡って黒子と火神の会話は気付けば赤司の話題に切り替えられていた。せめてバスケに絡んだ話になれば良かったのだが8割型バスケをする赤司でなく、赤司の普段の行動であったり、かけられた言葉についてであったので火神は眠気に必死に耐えるしかないのであった。

「もう、火神くんに話していても仕方がないです。ちょっと京都に行ってきます。」
 やはり黒子は潔い性格だ。男前だ。考える前に行動、それはとても良いことだろう。しかし、
「お前、バスケはどうすんだよ。」
「大丈夫です、顔見たら帰ってきます。」
「そんな近い距離じゃねーだろ。」
「新幹線を使えばたったの二時間半です。日帰り余裕です。試験期間は部活も休みになりますし、試験勉強は新幹線の中でもできるんで。分からないことがあったら赤司くんに聞けばいいんです。赤司くんは頭もいいんですよ。僕と同じで本を読んだりしていて、中学の時は図書室でわからないことをマンツーマンで教えてもらったこともありました。」  ドヤァと真顔で指を立てる黒子に火神は何を返せばいいのか分からなかったと言う。

 所変わって京都洛山高校。寝る前のストレッチをしているとメールの着信音が部屋に鳴り響いた。赤司は慣れた手付きで自身のスマートフォンをタップしメール画面を呼び出す。送信者の名前は誰かと思えば"黒子テツヤ"という名前。
「(テツヤか、珍しいな。)」
 本文を呼び出すと端的なメッセージのみ画面に写し出された。
『明後日伺いますのでできれば予定を開けていただきたいのですが。』
 キセキの世代は皆、黒子には知らず知らずの内に甘い。赤司もその例に漏れず、黒子に甘い。中学時代、キセキの世代の人間であっても許さないことを黒子にはどうしても多目に見てしまうことも度々あった。訴えてくる目を見るとどうしても許してしまうのだ。黒子は黄瀬が黒子に対して尻尾を振るのとはまた違った風に甘えてくる。黒子がそんな風に来るのは赤司に限ってのものだったため、赤司もそれに乗せられ甘やかしていた。
 折角の誘いである。スマートフォンを片手にスケジュールを確認すると1件予定があったが空けることもできる内容出会ったので相手先に予定キャンセルのメールをすぐに送り黒子にも返信した。
『待っているよ。』

 黒子は赤司からのメール1つで悶えていた。
「赤司くん、待ってるって、どうしましょう、可愛いです。今すぐにも会いに行きたいです。」
 ベッドの中でにっこりと微笑む赤司を思い浮かべながら部屋を暗くし、明後日に備える。今の黒子の脳内を説明すると、楽園だ。赤司に会えるという喜びと暫く会っていない赤司がどんな風に成長しているかという楽しみで胸が高鳴っていた。
「(また僕に笑いかけてくれるでしょうか。)」
「(頬を染めて笑いかけてくれる妖精のような赤司くんをよこせください。)」
 黒子は未だに錯乱状態にあった。うっとりと妖精世界を駆け回る赤司を想像しながら黒子は眠りについた。

 夢の中で中学時代より短くなった前髪によってより表情が分かりやすくなった赤司が黒子に笑む。手を伸ばせばその手をすり抜けて赤司は黒子から逃げていく。追いかけても追いかけても掴めずにただ2人だけで駆け回っていた。普段はすぐに息切れを起こす黒子だが、夢の中であるため息切れすることもない。2人だけの世界で目を合わせ、しかし触れ合うことのできない距離を保つ。近付いては離れる、まるで映画の中の恋人同士のかけひきのようだ。だがそれ以上に黒子の想像であるからか蝶のようだ。
 ふわふわと飛び、ついに黒子との距離が0になる。花の蜜を吸うかのように赤司は黒子の頬に唇で触れる。悪戯が成功したような幼い微笑み


  「なんてところで終わってしまったんだろう。」
 昨晩の夢を思い出し黒子は呟く。会いに行くのは明日。きっとまた赤司は優しく迎えてはくれるだろう。しかし黒子を甘やかすことがあっても自ら甘えてくることはない。現実でもあれくらい甘えてくれたりしませんかね。そう思いながらも黒子は明日に思いを寄せた。


 1日は始まってしまえば終わるのも一瞬だ。気付けば当日、試験期間のため午前試験を受ければ午後からは自由だ。試験が終わるとすぐに駅に向かった。新幹線に乗れば約2時間半の旅となる。
 席につき明日試験がある数学の参考書を開く。しかし会えるという喜びで胸が高鳴り勉強どころではない。
 赤司はどんな服か、そんなことばかり考えていれば気付けば名古屋を過ぎ、米原も通過したと車内放送が入った。京都はもうすぐである。2時間半なんて一瞬のことだ。
 もうすぐ着くとメールで連絡すると迎えに来ると返信がすぐにきた。洛山のタイムスケジュールがどうなっているのかは知らないが、赤司は予定を空けてくれていたのだろう。
 京都駅に着き、新幹線乗り場から出ると柔らかく微笑む私服の赤司の姿がもうあった。

「いらっしゃい。」
「お久しぶりです赤司くん。お出迎えありがとうございます。今日も可愛いですね。」
 赤司はぽかーんとした表情に変わる。

「どこか行きたいところはあるかい。」
「赤司くんの住んでいるところに行ってみたいです。」
「寮にということ?構わないけれど何もないよ。」
「いいんですか。」
 あまり表情筋の動かない黒子だが、目が輝いている。
「本当はよくないんだけど存在感のないテツヤならバレずに入れるだろう。ここから歩いていけるから散歩がてら行こうか。」
 東京程とは言えないが、新幹線のある駅らしい大きな通りを渡り、赤司に着いて行く。私服の赤司の隣に歩くというのは黒子にとって新鮮であった。本来であればわざわざ京都にまで来たのだから京都の街並みを見るべきなのだろうが黒子はずっと赤司の横顔を見ていた。
「僕ばかり見ていても面白みも何もないだろう。」
「赤司くんはとても素敵ですから見ていてとても幸せになれます。」
「今日のテツヤは何を言っているのかちょっと僕には分からないよ。」

 黒子の発言を笑って流しながら2人が歩いているとすぐに洛山高校の寮に着いた。赤司の言った通り赤司の部屋までは誰にもバレることなく入ることができた。
「同室の方はいらっしゃらないんですか。」
「今日は彼女がなんとかと言っていたかな。」
「では2人っきりで過ごせますね。」
「そうだね。」


「赤司くん、ちょっと僕に甘えてみてもらってもいいですか。」
「テツヤ、どうしたんだ。」
「赤司くんはいつも僕に優しくしてくれますが、僕からは何もあげれてないなと思いまして。もっと赤司くんは僕に頼ってくれてもいいと思うんですよ。」
「何故僕がテツヤに弱みを晒さないといけないんだい。」
「それはいくら赤司くんが妖精の王子様であったとしても慣れない世界には疲れることがあると思うんです。自分では気付いていないかもしれないですが、中学時代溜め込みすぎで綺麗な顔にクマができてることもありましたよ。」
「心配してくれるのは嬉しいけれど、妖精とか一体どういうこと。」
「そのままの意味ですよ。」

「ほら、口付けしたら癒されるとか言いますししてくれたらいいんですよ。」
「何故僕がテツヤにそんなことしないといけないんだ。」
「それは僕が赤司くんのことを好きだからですよ。」
「確かに好き合っていればキスの1つや2つすることはあるだろうから理論上間違ってはいないだろうけど…」
「え」
「え」
 2人の間の時が止まるのを感じた。

「そういうことなら」
 普段の黒子はどこに行ったのだろうか、むしろ影が薄いというのも獲物を仕留める猛獣のそれなのではないか。
 赤司が声を出す隙もなく驚く速さで黒子は赤司の唇に噛み付いた。舌を引っ張りだして吸い付く。赤司の舌を甘咬みし、咥内を撫ぜる。驚いて動けなくなっている赤司の頭を抱きながら暫く赤司の唇を楽しんだ。しかし驚きのあまり呼吸が上手くできずにいる赤司は、くてんと体の力が抜けてしまっている。崩れ落ちそうな身体を黒子は引き寄せ呟く。

「やっぱり赤司くんは可愛いです。」